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創悠システム研究会

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創悠システム研究会
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本会は、会員の豊富な知識と経験を活かし、多様な社会活動に参加し社会に貢献することによって、生きがいを求めていくために発足したものです。
私こと、「時空人」は2012年6月に会社人生からリタイヤーし、自由人として生きていく予定ですが、同じような友人に種々雑多のメッセージを送っていきたいと思います。また、人生の後輩たちにも参考となるメッセージを発信できれば幸いです。
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何となく理不尽

2013/07/07 15:32
 世の中には、大小を問わず「理不尽」とか「不条理」な事が起こっている。理不尽と不条理という言葉を余り区別せずに使用する人がいるが、かなり意味合いが違う。「理不尽」とは道理に合わないことを無理やりに押し通すといったように、人為的な場合に用いる。すなわち、人、制度、組織など人間が関わって作るものである。したがって、これは修復が可能で、道理を納得させることができればよい。一方「不条理」は、そもそも道理に合うか合わないかではなくて、根本的に道理そのものから逸脱したことを言う。世界、宇宙、生死など絶対的なものであり、自分や人間の力ではどうにもならないものに対して用いられる。画像
 不条理にはあきらめがつくことが多いが、理不尽は人間に関わることであり最期まで納得いかないことが多い。例えば、大阪城冬の陣・夏の陣、四十七士の切腹、桜田門外の変、世界大戦、ペイオフ、9.11米国テロ、EU経済危機等々の事件、乱、役、事変、戦争などに関することから、理不尽な行為が発生する。また、日常生活のなかでも、客観的にみて自分が悪くないのに、周囲からのクレームや上司からの叱責など不快を感じ、自分で回避できないストレスは理不尽な行為によるものが多い。
 このような理不尽な行為にあったとき、誰かに愚痴を言ったり、お酒を飲んでストレスを晴らしたり、場合によっては、理不尽なことに耐えるのが社会だと自分を納得させる。しかし、なかなか自分を納得させることができないと、合理化、昇華が難しくなる。
 理不尽な行為は、当人にとって受身的に考えることが多いが、多くの人は知らず知らずの行為の中で理不尽なことをしているものである。理不尽な行為は、能動と受身では天と地の差ほどあるものだが、能動側にもある程度の道理は存在することも理解する必要がある。そう思わなければ、納得できないものである。
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主食

2013/05/19 18:04
 食事の中心となる食物として、米・麦・トウモロコシなどの穀物と芋類が挙げられる。これらの食物は、かつて主食と呼ばれていたが、今となっては決してそうでもない。日本人的には、米文化が息づいていたので、何はともあれ米のご飯を主食と考えてきた。経済が成長し食文化が向上すると、従来の副食であった肉や魚が主食になってきた。貧しいときには、「ご飯はまだ!」と言っていたが、いまや「今日の夕食のオカズはなに!」となってきた。栄養学が進み、お腹を一杯にする炭水化物の米食より、人間の身体形成に必要なタンパク質が重要視されてきた。さらに、食文化が進化し食材が豊富になってくると、何を主食と考えること自体意味がなくなる。一方、肉食の地帯では肉類が主食であり、麦から作られるパンは副食に近い存在である。画像
 穀物の代表である麦と稲(米)であるが、どちらも元は野生の植物である。野生麦は乾燥・寒冷地帯に生育し、野生稲は高温多湿地帯の植物である。はじめ、人々は狩猟採集に明け暮れていたが、氷河期が終わるころ(BC12000年)から動植物の繁殖に伴って、動物がこれらら野生の穀物を食べていることに気が付くのは自然の成り行きであった。そして、次第に粒を多くつける種類を選別し、栽培するようになった。
 現在の考古学によれば、BC9000年頃にパレスチナのイェリコやアスワドで、小麦類と豆類の栽培が始まったことが分かってきた。稲は、ブラマプトラ川やメコン川、揚子江の上流域で採集されていたが、BC7000年頃に中国南部で栽培化され、水生植物のため、水をたたえた状態で育てられた。アワ、キビも重要な穀物で、BC5000年頃に中国北部で栽培がはじまり、この地域の中心的な食物になった。トウモロコシは、BC2000年頃メキシコ高原で栽培種が生み出され、コムギの2倍の生産性があり、南北アメリカの人々の生活を支えた。
 いずれにせよ、狩猟採集を重ねてきた人間が、これら自然穀物の採集から栽培に至り、世界同時発生的に農業が誕生したものと考えられる。
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コーチ

2013/04/22 18:37
 コーチ (Coach, Inc.) は1941年にニューヨーク・マンハッタンで創業されたアメリカ合衆国の高級皮革製品メーカーである。
 社名は「乗り物」を意味しており、馬車の代名詞であったハンガリーの街名コチ (kosizi) という都市名からきている。「大切な人を、その人が望む場所まで安全に送り届ける」という意味が発生したといわれている。
15世紀、マーチャーシュ王の時代、この地で鋼鉄ばねをサスペンションに使った馬車の製造が始まった。この馬車はコチ・セケール(コーチ)と呼ばれ、のちに各国でコーチだけでサスペンションを備えた馬車を意味するようになった。さらに、神聖ローマ帝国時代の1650年、郵便馬車制度 がこの地でスタートしたため、郵便馬車はmail coachと呼ばれる。画像
 コーチング(coaching)とは、人材開発の技法の1つであり、成熟度が半依存〜半自立に至る中間的な段階に最も効果のある助言・支援のリーダーシップである。「コーチ」とは馬車を意味し、馬車が人を目的地に運ぶところから、転じて「コーチングを受ける人(クライアント)を目標達成に導く人」を指すようになった。
 いま、組織改革や人材育成の手段として、対話により問題解決を図る「コーチング」を導入する動きが企業、医療機関、自治体などに復活している。「失敗するプロジェクトの多くは対話不足」といわれるように、仕事の基本であるチームワークの大切さに改めて気付いたからであろう。スポーツの世界ではコーチングは当たり前であるが、さまざまな分野で組織を活性化させる手段として注目を集めつつある。
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労働と仕事

2013/04/15 18:19
 ドイツの多才な学者ゲーテの格言に「喜んで行い、そして行ったことを喜べる人は幸福である」とある。自分のために働くとはこのようなことである。自分のために働けば、会社のためになる。その結果、会社が繁栄し成長すれば、社会に貢献することができる。社会が繁栄し成長すれば、結果として社会の一員である自分自身が良くなる。画像
 ところで、労働や仕事という概念は、長い歴史の中で社会や文化の影響を受けながら変化し続けている。古代ギリシアでは、労働(Labor)とは奴隷主のために働く奴隷のごとく、苦痛を伴うものとされていた。一方、仕事(work)は自分のためになるもので、何事かを成し遂げたという達成感や喜びを味わえるような、職人や芸術家が行うこととされていた。現代でも、労働は体を使って働くことで、特に収入を得る目的で、体や知能を使って働くことを意味している。そして、仕事とは何かを作り出すこと、又は成し遂げるための行動と解釈されている。
 見方を変えると、仕事は結果を出すために成し遂げなければならないことである。しかし、現実に収入を得なければ生活ができないため、労働は欠かせない。このように、仕事と労働は分けて考えることができない。同じ行為であっても、それがある人にとっては仕事であり、ある人にとっては労働となる。もちろん、労働のなかに仕事も含まれ、仕事のなかにも労働は含まれるので、きっちりと区別することは難しい。
 いずれにせよ、仕事は自分のためになるものである。そして、ただ単に働くだけの労働では、それこそ奴隷のように言葉を喋る道具になってしまう。
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びた一文

2013/04/10 07:20
 「びた一文もない」「びた一文も金を出さない」「びた一文も払わない」「びた一文もまけられない」等など、びた一文という言葉が使われている。日本銀行前の貨幣会館に「びた一文」の解説があった。
 びた一文の「びた」は、「鐚銭(びたせん・びたぜに)」の略である。「鐚」の漢字は、「金」と「悪」を合わせた国字で、価値の低い粗悪な銭貨を意味する。室町中期から江戸初期にかけて私鋳され、特に、中国の永楽銭以外の私鋳銭や、寛永通宝鋳造後の鉄銭をさす。そのような粗悪な銭も出せない意味から「びた一文まけられない(=僅かな額も値引きできない)」「びた一文持っていない(=僅かなお金すら持っていない)」などと使われるようになった。鐚銭のびたの語源は、鐚銭が平たいことから、「薄べた」「平べったい」などの「べた」が転訛したと考えられる。画像
 永楽銭は、中国、明朝第3代皇帝・永楽帝の時代に作られた銭貨「永楽通寳」のことである。中世の日本には,貨幣を発行できるだけの権力をもった政府が存在しなかったため、室町時代に明から日本へ大量に輸入され、江戸時代初頭まで流通し、永楽銭と呼ばれていた。 形状は、円形で中心部に正方形の穴が開けられ、表面には「永樂通寳」の文字が上下右左の順に刻印されている。材質は銅製、貨幣価値は1文として通用した。
 一文を単純に今の貨幣価値に換算することは難しいが、およそ10円に満たない程度とされている。ただし、鐚銭は一般の銭貨よりも価値が低いため、びた一文は一文にも満たない通貨ということになる。ただ、日本では天正年間以降永楽通宝1枚が鐚銭4文分と等価とされていた。
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社会福祉国家の危機

2013/04/02 13:20
 福祉国家の概念は、16世紀資本主義設立期以来,イギリスで行われた貧困者の救済・取り締まりを目的とした救貧法にまでさかのぼる。一般的には19世紀後半以降に形成、20世紀に確立されたとされている。世界大恐慌の戦前期に土台・骨格が出来上がり、戦後とくに高度経済成長期に本格的に発展した。
 本来は、「より豊かな人」>>「より豊かでない人」の社会に於いて所得の再配分を行画像ったものである。ところが、「より豊かでない人」の増加と1人1票の議会民主主義の浸透により、所得の再配分の受ける人の声が大きくなってきた。そして、政治家は「より豊かでない人」の多数派から嫌われる政策を行わなくなってしまった。このため、膨大な国債(借金)を発行してでも多数派の政治を行ってきた。日本でも平均年収が410万円なのに平均年収550万円の人まで福祉を充実している。いまや、社会福祉国家は「おんぶしている人が多い国」の代名詞になっている。
 右肩下がりの現代、「増加するパイの分配」から「負担の分かち合い」が求められるなか、決められない政治が続いている。この結果、借金(将来世代へのツケ回し)の増加、その場しのぎの典型としての富裕層課税強化などが検討されている。約3年の民主党政権で公共事業にはメスを入れられたが、今後自民党政権下で社会福祉にメスを入れられるかどうかが大きな課題となろう。
 好調にロケットスタートしたAbenomics(アベノミクス)であり、改正消費税10%も視野に入ってきている。しかし、消費税の増税分5%は社会福祉目的税としたものであるが、社会福祉そのもののあるべき姿については議論が後回しとなっている。少子化・高齢化という大問題を抱えながら、国民経済や社会の問題を直視した政策ができるか、政治の本質が問われる時代である。
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和服の右前

2013/03/25 12:24
 和服の場合、男性・女性の如何に関わらず必ず右前でなければならない。これに対して、洋服の場合、男性は右前で女性は左前となっている。この左前と右前とは、着ている人間の観測者から見て、衽(おくみ、合わせとなる部分の生地)が前に来ている状態を指す。もう少し分かりやすく言うと、前という字には「先」という意味があることから、当事者の肌に先に接する方を示すことになる。すなわち、和服の右前とは、右の衽を先に肌に合わせることになる。
 ところが、洋服の場合、男物が右前、女物は左前として区別されている。要するに、男性は全て右前であるが、女性について、和服は右前で洋服は左前となっている。画像 
 和服については、古代から飛鳥時代頃までは左前であったらしい。確かに、埴輪や高松塚古墳の壁画などを見ると左前となっている。当時、思想や文化の多大なる影響を受けていた中国(唐)では、左優先の文化で、地位の高い貴族にだけ左前は許され、庶民は右前に着ていた。それにならって、奈良時代の719年女帝元正天皇により「衣服令(えぶくりょう)」という法令が発布された。その中に「初令天下百姓右襟」という一文があり、これが右前にされた起源とされている。この時から「庶民は右前に着なさい」とされ、これ以降、着物を右前に着ることが定着したと考えられる。
 左優先主義で好まれた左前であったが、実は左前に着ると動きにくく不都合であった。貴族には労働作業がなく支障がなかったが、庶民は労働の必要性からも自然と右前でなければ非効率であったため、庶民には右前を推奨したものと推察される。
 その点、貴族は和服を自分で着たとは思えず、従者に着せてもらっていたことを考えると、かえって左前の方が着せやすかったかもしれない。この考えは、皮肉にも女性の左前洋服にも通じることになる。また、当時の日本の国家権力が及ばなかったアイヌや琉球(沖縄)では、つい最近まで左前の装束を着ていたことを示す絵画が残っている。
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消費税とマイナンバー

2013/03/21 15:42
 政府は3月1日、国民の納税や年金の情報などを管理するための共通番号制度「マイナンバー」の導入に向けた法案を閣議決定した。この制度は、全ての国民に番号を割り当て、所得などの実態を把握することによって税の徴収と社会保障の給付を適切に行うことを目指したものである。政府は、2016年1月までに制度の導入を目指し、運用開始の約3か月前に個人番号を通知し、希望者には顔写真付きの「個人番号カード」を交付する考えである。画像
 民主党政権時代には、消費税増税法案の議論の中で、低所得者に対して「給付付き税額控除」を実現するために、個人所得や個人資産の把握が必要であり、そのためにマイナンバー制度が必要だとされていた。要は、マイナンバーと住民記録番号とのリンクをとり、住民税の納付記録から低所得者を把握できる原理と一緒である。また、税の徴収や社会保障政策の実施において「飛躍的に効率が良くなる」という議論であった。
 しかし、自民党・公明党政権になってから、「給付付き税額控除」方式より生活必需品等の軽減税率又は複数税率の導入が主流になってきている。複数税率の導入は、圧力団体等による政治献金的な賄賂の発生、インボイス導入による小企業の事務処理負担などの問題も発生する可能性もある。
 いずれにせよ、給付付き税額控除と強く結びついていたマイナンバーの導入は、いつのまにか単独で当たり前のように導入が進められている。マイナンバーの導入によるメリット・デメリットを各人がよく理解し、昔の国民総背番号制の悪いイメージを払しょくすることも大事であろう。
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電気自動車の歴史は古い

2013/03/14 11:37
 自動車の歴史は、1886年カール・ベンツが実用的なガソリンエンジン車(3輪車)を開発したことに始まる。その後、1894年エミール・ケラーにより電気自動車が発明された。1899年ガソリン車よりも早く、初めて時速100kmを突破するなど当初は有望視された。1900年パリ万博にはフェルディナント・ポルシェが4輪駆動のハイブリッド車を出展した。画像
 アメリカでは、エジソンが電気自動車の改良と普及に努めたが、広大な国土を持つアメリカでは航続距離の短さがネックとなっていた。当時の電気自動車には、ガソリン自動車のような震動や臭い、騒音もなく、スムーズに走り、スタート時のクランク操作や走行時のギアシフトなどの操作もなく、特に女性に好まれ、ガソリン自動車よりも多く生産されていた。やがてエジソンの下で内燃機関を研究していたヘンリー・フォードが、1908年電気自動車の半値(約1,000ドル)でフォードT型の開発に成功し、自動車市場は完全にガソリン自動車に支配され、電気自動車は市場から姿を消した。
 日本でも、第二次世界大戦を挟んで昭和の時代に国産車の成長が著しくなっていくが、戦後のガソリン統制期に誕生したのが、有名な東京電気自動車社の「たま電気自動車」である。立川飛行機(後のプリンス自動車)が開発した。1947年(昭和22年)型乗用車の性能は、最高速度が時速35キロで、一回の充電で連続走行できる距離は65キロであった。その後、1949年型では、走行距離を200キロに伸ばしたとされる。しかし、朝鮮戦争による鉛の価格の上昇やガソリンの入手性が向上したことにより姿を消した。
 いま環境問題に端を発した電気自動車であるが、60年前にガソリン不足の我が国のクルマ事情を支えていたなんて、痛快な話である。
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PM2.5

2013/03/08 13:38
 中国大陸の都市部で発生した大気汚染物質が日本各地に飛来し、突如PM2.5なる言葉が飛び交ってきた。大気汚染物質(PM=Particulate Matter)とは、一般的に、これまで規制の対象とされてきた窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)などをはじめとする、大気中に存在する有害な物質および物質群の総称である。大気汚染が激しい場合には、目や気管の刺激症状 (戻,咳、日や喉の痛みなど)も問題となるが、多くの場合は慢性の呼吸器の傷害が重要である。画像
 大気汚染物質質(PM)のうち、粒径10マイクロメートル以下の小さなものが浮遊粒子状物質(PM10)と呼ばれる。粒径がより小さいため、吸い込まれると肺や気管などに沈着しやすく、人体への影響が心配される。日本でも、高度経済成長期に、工場などの煙から出る煤塵(ばいじん)や、鉱物の堆積場などから発生する粉じん、ディーゼル車の排出ガスに含まれる黒煙などにより、洗濯物や室内の汚れなど生活環境への被害が発生した。特に、自動車交通量の急増に伴い、PM10による大気汚染が深刻化したため、さまざまな規制が実施された。
 浮遊粒子状物質のうちで、さらに小さい粒径2.5マイクロメートル以下のものは微小粒子状物質(PM2.5)と呼ばれ、髪の毛の太さの1/30、杉花粉の1/100程度である。PM10よりさらに肺の奥まで入りやすく、呼吸器疾患だけでなく、肺ガンなどを引き起こす可能性があると言われており、健康への影響心配されている。大気中濃度が1日平均70μg/m3を超えると予想される場合には、注意を要す。 
 西高東低の気圧配置が緩む3月〜6月頃にかけて中国から黄砂と共に大量のPM2.5が飛来する恐れがあるが、通常のマスクでは防御できず、本格的な防塵用マスクが必要とさえ言われている。昭和の高度成長期に光化学スモッグ警報で、戸外から室内に籠もった日々が甦ってくる。
 ああ、この道は、いつか来た道!
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2020 オリンピック開催招致

2013/03/05 23:22
 3月4日から、2020年夏の東京オリンピック・パラリンピックの招致に向けて、国際オリンピック委員会(IOC)の評価委員による来日調査が始まり、安倍首相を始め猪瀬都東京都知事が自らアピールした。
 特に、猪瀬知事は「モダンでダイナミックな文明空間が東京」を主張した。特に、世界的に犯罪率が低いという「安全性」と選手村から半径8キロ圏内に競技会場の85%を配置すること、そして時間通り機能する「交通網」を強調した。また、招致アンバサダーとして同席したサッカー女子日本代表・澤穂希選手を始めロンドンオリンピックに参加した選手も英語で、東京開催の魅力を訴えた。
既に昨年5月にIOC理事会において1次選考が行われ、イスタンブール、東京、マドリードの3都市が正式立候補都市に選出されている。この3都市の中から、2013年9月7日にブエノスアイレスで開かれる第125次IOC総会において開催都市が決定する。画像
 最終決定は、各立候補都市によるプレゼンテーションが行われ、その後にジャック・ロゲ会長や立候補都市を抱える国の委員以外の約100人のIOC委員の投票が行われる。
投票は電子投票で行われ過半数の票を得た都市が開催都市に選出される。
 ところで、IOC委員の総数は111名であるが、このうちヨーロッパで47名を占めており、人口比率でみるとかなり偏っている感がある。ただ国家数で見れば、アフリカ地域を除くと、まあまあバランスしているようだ。
 この意味でも、オリンピック開催選考に影響力のあるヨーロッパへ向けたアピールには価値があろう。今後、半年間の継続的な活動、特に国民自身が開催を熱望する機運を高めることが大事である。
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雛飾り(内裏雛の並べ方)

2013/03/01 12:00
 毎年3月の雛祭りを控えて、何の資料も見ないで雛人形を飾るというのは至難の業である。そこで説明書の写真を頼りにすると、内裏雛の並び方は、男雛が右側(向かって左)、女雛が左側(向かって右)となるが、果たしてこれでよいのであろうか。実は、関東と関西では男雛と女雛の位置が違っている。関西では「天子南面して東に座す」という、古来よりの朝廷の儀式にならい、紫宸殿(ししんでん)を背にして左を上位とする飾り方をしているので、雛壇を背にして左側(向かって右)に男雛を飾る。いわゆる、陰陽説にならい、男は左側となる。このように、古来より日本では、何故か南に向いたときに日の出の方角(東=左手)が上座、反対に日没の方角(西=右手)が下座とされてきた。すなわち、左上位であった。画像
 どうも大正時代末期までは、関東も関西も同じく、男は左側(向かって右)となっていたらしい。ところが、昭和天皇の即位の礼の際に、外国要人夫妻の並び方に配慮し、天皇が右側(向かって左)、皇后が左(向かって右)という西洋式の並び方をした。当然のことながら、雛飾りの内裏雛は天皇・皇后になぞらえていたため、これを関東圏の人たちがいちはやく真似して、内裏雛は今のような並びになったらしい。このように上から順に並べてきて、左大臣・右大臣のところまでくる。従来であれば、迷わず左大臣(年長の男雛)は左側(向かって右)に配置するのであるが、内裏雛が逆になってしまっているので悩んでしまう。しかし、ここは従来通り、左大臣を左側(向かって右)に配置するのが一般的である。ちょっと矛盾を感じるが、・・・
 このように、古来の朝廷の儀式にならうと、雛壇の左側(向かって右)のほうが高い地位となり、女雛の方が男雛よりも上位ということになってしまい、不思議な感じがする。まあ〜、現代ではそれに近い世相だし、また 男女に上位下位をつけること事態がおかしいとなれば、それもよいことであろう。
結局、内裏雛だけが現代風で西洋かぶれして国際的になったということかもしれない。
 しかし、今でも伝統を重んじる京都などでは、日本古来の並べ方をしているとのことである。

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ガソリンスタンドの廃業続く

2013/02/21 18:57
 昨今の原油価格の上昇にもかかわらず、円高の恩恵を受けてガソリン価格はそれほど大きな影響を受けなかった。しかし、年末年始で10円ほど円安に振れただけで、ガソリン価格は約10円上昇してしまった。給油会社は、さぞかし儲かっているのだろうかと思いがちであるが、そうでもなさそうである。
 最盛期60,000店舗(1994年度)あったガソリンスタンドは、いまや37,000店舗まで減少してきた。我が国における自動車のガソリン消費量は年間4,500万KLで、1リットル150円とすると約6.8兆円の売上規模となる。しかし、このうち約44%がガソリン税と消費税である。現状で単純に1店舗あたりの税金を除いた実質売上を計算すると、おおよそ1億円であり、ガソリン仕入、人件費、設備の減価償却を加味すると、甚だ厳しい経営となっている。このため、ガソリンスタンドの廃業はやむを得ない状況であり、産業規模的には20,000〜30,000店舗あれば十分といえる。画像
 さらに給油会社は、2012年春の消防法改正により、GSの地下タンク設置年数に応じ、油漏れ防止装置(1か所あたり1,000万円程度)などを1月末までに設置することが義務づけられた。もちろん、この油漏れ防止装置への移行対象の7,000店舗には、2/3の補助金が設けられている。しかし、これを機に、過当競争やエコカーの普及による給油減により、3月までに2,000店舗が廃業するらしい。ガソリン店舗の廃業は、都市部に住んでいる人にとっては身に迫った問題ではないが、農山村地域の過疎地にとっては死活問題となっている。北海道の某過疎地では、給油のため往復100kmも走行しなければならない地区もでてきている。
 ガソリンスタンドの廃業は単なるビジネスの変化ではなく、給油ネットワークという社会インフラが崩壊していくことになりかねない。そのためにも電気自動車の普及が急がれるのか、新たな給油ネットワークを再構築するのか、・・・
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春一番

2013/02/18 15:05
 春一番とは、春の訪れを告げる南からの強風のことである。すなわち、立春から春分までの間で、日本海で低気圧が発達し、初めて南よりの強風(東南東から西南西の風向で8m/s以上)が吹いて、気温が上昇する現象である。春一番は、海および山での遭難を引き起こす危険もあるが、毎年必ず吹くというものでもない。また、春一番に続く南寄りの強風を春二番、春三番と呼んでいる。画像
 春一番の由来は、1859年(安政6年)2月13日、五島列島沖に出漁した壱岐郷ノ浦の漁師53人が強い突風にあって遭難してから、郷ノ浦の漁師の間で春の初めの強い南風を春一または春一番と呼ぶようになったのが始まりである。1950年代後半よりマスコミで使用され一般化したのを受けて、気象庁では気象用語としての「春一番」の定義・基準を決めて、正式に発表するようになった。
 ところで、「春一番」ということばの響きからは、光あふれる春の訪れを感じさせるなど明るいイメージがあるが、その一方で強風が吹き荒れる「春の嵐」として火災や暴風雪(雨)、雪解けによる洪水、山岳遭難、海難事故、鉄道事故など過去に数々の災害を引き起こしている。
 日本政府の置かれた状況も、日中関係、経済情勢、財政問題等々の春一番が吹き荒れているが、春を迎えることができるか、試練の時である。
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射撃用レーダー照射

2013/02/11 10:41
 日本政府によると、1月30日東シナ海公海上、中国海軍のフリゲート艦が海上自衛隊護衛艦に火器管制用レーダーを照射(Lock On)したと発表した。同月19日に海自ヘリコプターへの照射があったとみられるのも同じ海域であった。確たる発表はないが、昨年9月の尖閣諸島国有化の以前からもLock Onは複数回あったらしい。
 現在、日本側の発表に対して中国側は全面否定しており、いつもの通りの外交上の応酬合戦を展開している。おそらく、当事国以外に真相を理解してもらうことは難しいであろう。過去の歴史を観ても、脈絡として伝えられてきたモノは勝利者の歴史であり、真実が世の中に浮上しないこともある。今回のLock Onについても、日中間で白黒つけることは至難の業であろう。画像
 Lock Onは戦争行為そのものとも解釈できるので、現場では一触即発の事態になっていたはずで、その心中は計り知れない。このため、今回の事案はLock Onから次の事態への暴走を防ぐことを第一に考えるべきであろう。その意味で、中国との関係悪化をさらに進めることを案じて躊躇しているよりは、政府として公表したことは評価に値する。もちろん、偶発的な事故を防ぐために、日中連絡メカニズム構築のためホットラインを設けることは必須である。
 古来、尖閣諸島を巡るような領土問題の解決は武力の衝突で解決されてきた。現在のところ、中国対日本・米国の構図が確立されているので、不安ながらも均衡が保たれているが、未来永劫続くものではない。今後、武力を高めることも一つの方法であるが、誰しもそれを望まないであろう。そうであれば、日本の国力を高める方策を展開しなければならない。
 国力とは何か、経済再生を目指すアベノミクスも大事であるが、それ以前に国力について十分検討する時間が欲しかったような気がする。
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アベノミクスで円安・株高?

2013/02/05 11:50
 安倍総理が就任し、経済再生へ向けて、アベノミクスという経済対策が徐々に具体化されてきた。アベノミクスとは、三本の矢と称される「大胆な金融政策」「機動的な財政出動」「民間投資を喚起する成長戦略」のことである。
 すなわち、三本の矢とは平たく言えば次のとおりである。
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 この方針をマーケットは歓迎し、政権交代が円安・株高を誘発したように見えるが、その兆候は野田政権末期から現れ、政権交代への期待感で演出されたものである。例えば、行き過ぎた円高は、欧州の信用不安が、ECB(欧州中央銀行)とともにユーロ諸国の必死の努力により、最悪の状況に陥る可能性が後退したことが大きい。また、極端な円高の足かせが外れ、輸出企業などを中心に株価が上昇し、円安へのシフトにより海外からの投資も増加した。さらにアベノミクスの発表により加速された。
 今のところ円安・株高にシフトしたことで、経済再生へ向けた一歩を踏み出した感があり、国を挙げてミニバブルを味わおうとしているが、実体経済は大きく変わっていない。最終的には、国民の所得が増加しなければ失速しかねない。所得が増加するまでの約1年間、夢を食べて行かねばならない。サラリーマンにとっては、給与増額を待つまで、せめて夏のボーナスでもアップしてもらいたい気持ちであろう。また、年金生活の高齢者はデフレ万歳であったが、インフレになれば生活が厳しくなる。唯一の救いは、財政出動により雇用が増加するため失業率が低下することであろう。2%のインフレで失業率は2%改善されるらしい。
 いずれにせよ、現状を大きく変えることはメリット・デメリットがあり、スムージングさせるテクニックが必要である。
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豆まき(節分)

2013/01/31 10:09
 節分とは「季節を分ける」ことを意味し、本来は立春・立夏・立秋・立冬の前日のことを意味するが、狭義では立春の前日(2月3日頃)を指す。この季節の変わり目には邪気が入りやすいと考えられており、その邪気を払うために「豆まき」を行うものである。元々は中国から伝わったもので、709年から宮中で行われた追儺(ついな)の儀式に由来している。即ち、鬼に扮した人を、矢などで追い払うものだったが、それが次第に広がり、現在の形になった。
 現在の2月3日は、昔の旧暦(太陰暦)の12月28日に当たる。そこで、翌日の立春正月1日を迎えるに当たり、一年間たまりに溜まった埃や疫病菌、悪運や禍・災厄の諸因縁、貧乏神に疫病神、腐った人間関係(腐れ縁)等々を清算し、禊(みそ)いで、これからの一年間は新しく生まれ変わった気持ちでやり直そうというものであった。現在では、太陽暦が用いられているため、2月4日が立春となっている。画像
 なぜ「豆まき」行うかというと、「まめ」を「魔目」「魔滅」と解釈し、「悪魔の目に投げること」や「悪魔を滅すること」に通じると考えていたらしい。別の説では、穀物には邪気を払う性質があると考えられた説もある。また、1年の厄除けを願って豆を食べる習慣もあり、自分の年の数より1つ多く食べると、体が丈夫になり、風邪をひかないとも言われている。地域によっては、大豆ではなく、落花生)の場合もある。昔は、イワシの頭とヒイラギを戸口に挿して、鬼を追い払うという魔除けの風習もあった。
 近年では、節分の日に「鬼は外!福は内!」という大きな声を聞くことが珍しくなったが、一方で恵方巻きを食べる習慣が広まってきた。これは、恵方(幸運を招く方角)を向いて太巻をまるかぶりする関西の風習で、食べ終わるまでは口を利いてはいけない。この風習には「福を巻き込む」という意味があり、さらに包丁を入れないで食べるのは「縁を切らない」という意味が込められている。
 いずれにせよ、声を出すかどうかは別にして、「鬼は外!福は内!」を願って、新しい春を迎えたいものである。
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金地金の消費税で儲ける

2013/01/29 19:25
 先日(2013.1.24)に政府与党からH25年税制大綱が発表され、自民党政権になって初めて、消費税率が8%(2014.4)、10%(2015.10)に改正されることが明文化された。消費税については、このような不景気に税率をアップさせるのかという論議が多いが、最近ネット上に、消費税率アップに関わる儲け話が載っている。要は、金地金の売買に消費税率の変化を利用しようというものである。
 金地金を購入する際には、多くの商品同様に消費税が発生し、現時点では購入代金の5%を支払う。逆に売却する場合には業者から消費税を受け取ることができる。さらに、消費税の課税対象となるのは、個人事業主(納付免税枠1000万円)および法人であるため、消費税の課税事業者を除く個人は金地金を売却しても、消費税の納税義務はない。
 そこで、現時点で金地金を購入し、消費税が10パーセントになった時点で売却するというシミュレーションをしてみる。表に示すとおり、金地金1kgを購入すると消費税込みで5,116,000円となる。この後、金地金の価格変動が無いと想定し、消費税率10%になった時に売却すると、売却額5,272,000円となり差益156,000円となる。画像
 最短で、2014年3月(消費税5%)に購入し、2015年11月(消費税10%)に売却すると、利回りは2%である。しかし、消費税率8%になる2014年4月の1ケ月間の所有で売却すれば、差益60,000円であるが、利回りは14%となる。まさに数字のマジックかもしれないが、おもしろい話である。
 もちろん、金地金の価格変動が無いという前提条件をつけたが、金価格は変動するので売却時点で下がっていれば大損になりかねない。また、大勢の人が参加すれば、購入時に金価格が上昇し、売却時には下落するわけでリスクが高い。
 まあ〜、いろいろと税金が値上げされるなか、一般庶民は、このくらいの話題で楽しもうではないか。
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イスラム原理主義

2013/01/25 19:00
 アルジェリアの人質事件は極めて悲惨な結果を招いてしまったが、これは単なる人質事件ではなく、北アフリカにおける戦争と考えなければならない。いまや、隣接する領土問題だけでなく、エネルギー資源を求めて進出した世界は、ある意味で危険と隣り合わせの紛争地域ということを強烈に認識させられた。
 今回の事件は、例によってイスラム原理主義者によるテロ行為と解釈されているが、その背景は複雑である。イスラム原理主義は、イスラム世界で近代化・欧米化が進むとともに、イスラム共同体(ウンマ)の伝統が崩れていくのに反発し、聖典クルアーン(コーラン)の精神に立ち返って、イスラム法に基づく本来のイスラム社会への復帰を求める思想および運動である。すなわち、予言者ムハンマド(マホメット)が生きた「聖代」への回帰を目ざす復古主義であり、必ずしも運動全体が戦闘的であったわけではない。画像
 ところが、一部のイスラム原理主義者には、時の政治権力に抗して目的を達成しようとするため過激な行動に走ったため、過激派やテロリストであるというイメージが流布している。これはむしろ、本来の原理主義とは違った、政治的な革命運動である。
 そもそも、クルアーンによれば、ユダヤ教、キリスト教も神(アッラー)から啓示された教えであり、旧約聖書、新約聖書等を尊重する立場をとっている。しかし、クルアーンは最新の啓示で絶対妥協できない部分がある。それは、@アッラーを信じること、A社会共同体を目指すこと、B来世を信じること、C偶像崇拝の廃止、などなどである。また、1970年代以降のイスラム原理主義の運動を主に担ってきた人々は、伝統的なイスラム教育を受けた人々ではなく、むしろ世俗的な高等教育を受けた中流階層出身者が多いという特徴がある。産業革命以降の行き過ぎた物質文明に反発する形で、中東のみならず世界の各地でイスラム原理主義に共鳴する人々が増加していると言われている。
 日本においても、東日本大震災以降、人と人の「絆」が求められたように、規格型大量生産に代表される物質文明よる経済成長ではない「精神文明」の充実が必要であろう。
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ジハード

2013/01/22 15:49
 アルジェリア南部イナメナス近郊の天然ガス関連施設で、「日揮」の従業員を始め多数の外国人がイスラム武装勢力に拘束され、悲惨な結果を招いた。過去、911米国テロを始め、イスラム原理主義者によるテロ行為は数多く発生しており、「またか」という強い衝撃と憤慨を覚える。時として、これらの行為をジハード(聖戦)と呼んでいるが、決して「聖戦」などと呼ばれるべきものではない。
 本来、ジハードとは、『クルアーン』第49章「私室の章」15節には、「本当の信者というものは、一旦アッラーと使徒を信じたら、もう疑いを抱いたりすることなく、己が財産を投げ出し、身命をなげうってアッラーの道に奮闘する人のこと。こういう人たちこそ正真正銘の信仰の人。」と啓示されている。画像
 しかし、ジハードには自分を自ら律する内面での戦い「内へのジハード」と イスラム世界を防衛し、拡大するための戦い「外へのジハード」の二面性をもっている。特に後者は、イスラムでは悪と戦い正義を実現する行為を指し、ムスリム(信徒)の義務とされる。とかく、「聖戦」と訳され、非イスラム世界で言及されるジハードは後者の意味である。歴史的には、勢力範囲を拡大し、イスラム帝国を築き上げていった初期イスラムの時代の拡大戦争、および11〜13世紀ヨーロッパの十字軍に対して、アラブ諸国が戦った防衛戦争をジハードとしてイデオロギー的に支えた。
 その後、ジハードは西アフリカなどでの反植民地主義闘争、反イスラエル闘争、ソ連の侵攻に対するアフガニスタンなどで、宗教的というよりは政治的に使われている。また、 ブッシュ元大統領が、イラク戦争で十字軍という言葉を使い、アラブ側もジハードという言葉で応じたように、キリスト教陣営とイスラム教陣営の対立として、現在も象徴的な意味をもっている。
 半世紀以上平和が続いた日本人にとって、政治的争いに宗教をもちだすなど、到底考えられない世界かもしれないが、グローバル化が進む中で避けて通れない道であることを認識しなければならない。また、このような危険地域まで命がけでエネルギー確保のために進出する日本の実態を踏まえて、これからのエネルギー政策も取り組まなければならない。

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